2025年07月09日
ポルトガル南部アルガルヴェから再び北へ約180km。目指したのは、アレンテージョ地方の町、ヴィアナ・ド・アレンテージョ(Viana do Alentejo)です。ここには、クラフト作家イザベル・カルタッショ(Isabel Cartaxo)さんのアトリエ「Vale de Gatos(猫たちの谷)」があります。
住所を伺ったときに届いたのは、町の名前と郵便番号、そして「カガンサ菜園から猫たちの谷へ」とい書かれていました。番地がなかったので不思議に思って確認すると、
「番地はないのよ。畑の真ん中で、私たちの家しかないから、迷うことは絶対にないわ。」 というイザベルさんからのお返事。
調べてみるとこの表現は、実際に地域内の道や区間名として使われているようでした。 「八百屋を曲がって越後屋へ」みたいな感覚の住所に、驚きつつも「それだけ田舎ってことなのね」と妙に納得して、私たちは車を走らせました。
工ヴィアナ・ド・アレンテージョの街中を抜けて農道へ入ると、やがて周囲には家がなくなり、車がすれ違えないほど細い土の道に。見渡す限りの畑とコルクの木が続き、カーブを描くたびに土煙が立ちのぼります。
「本当にこの道で合っているのかな?」そんな不安がよぎったた頃、ぽつんと一軒の家が現れました。
到着した家には、「Vale de Gatos」と猫のイラストが描かれた看板。笑顔で迎えてくれたイザベルさんが、アトリエへと案内してくださると、その傍らでは黒い猫が静かにくつろいでいました。
夏の陽が差し込む、天井の高い開放的なアトリエ。木製の織り機が静かに佇み、棚には毛糸玉や織り上がったブランケットが穏やかに並んでいます。壁面いっぱいの本棚には、美術やクラフトにまつわる本がずっしりと並び、壁には自然素材を使ったクラフトワークが飾られ、手仕事と暮らしがしっくりと溶け合う、そんな空気に満ちています。
窓の外にはポーチと菜園、レモンの木の下ではチャボが涼んでいて、さらにその奥には、イザベルさんが育てる黒と白の羊たちがのんびりと暮らしていました。
もともとはリスボンに暮らしていたイザベルさん一家。お子さんのアレルギーをきっかけに、この地に移住されたそうです。自然と調和する暮らしの中で、羊を育て、畑を耕し、自給自足の毎日を送るようになり、お子さんの健康も、自然の力と共に回復していったそう。
羊たちは庭に実ったオレンジをまるごとかじったり、自由気ままに過ごしています。ここはまさにノンストレスの楽園です。
イザベルさんのブランケットは、自ら育てる黒と白の羊たちの毛を、脱色も染色もせず、そのまま紡いでつくられます。ありのままの色と質感を活かした糸は、まるで自然のリズムそのもの。模様はそのときどきのインスピレーションから手の動きに導かれるように生まれてくるのだそうです。
使うのは、昔ながらの木製の織り機。織りの作業は一段ずつ、呼吸のようにゆっくりと丁寧に進められます。毛足は短めで、ぎゅっと詰まっているのにふんわりとした肌触り。手に取った瞬間に、その温もりがじんわりと手のひらに広がります。
一枚一枚が、羊たちの暮らしや、この土地の空気、そしてイザベルさんの時間そのものを織り込んだような作品です。柄のゆらぎも、糸の不均一さも、すべてが一点ものの個性として味わい深く、眺めても触れても、飽きることがありません。
都会から離れた「猫たちの谷」で、羊と暮らし、糸を紡ぎ、織り続けるイザベルさん。 自然の営みに寄り添いながら生まれるブランケットは、ただの防寒具ではなく、その土地と暮らしの記憶を纏った作品です。
イザベルさんに、サイズやデザインのリクエストをして作っていただいた特別な毛布が、日本に届きました。
ひざ掛けにしたり、肩からふんわり羽織ったり。日々の暮らしに寄り添う、あなただけの1枚になることでしょう。
私たちの暮らしの中にも、そんな温かさを一枚、迎えてみませんか? 暑い夏を越して、ウールが恋しくなる季節に。
2024.5.12 Viana do Alentejo
2024年5月、ポルトガル各地を2800km走り、手しごとと風景を辿った21日間の旅。