PORTUGAL・自然素材で彩る手作りブラセージョのバスケット

 

ポルトガル手しごとの旅

 

 

 

 

自然素材で彩る手作りブラセージョのバスケット

 

 

5年ぶりのポルトガル旅から、あっという間に1年弱が過ぎようとしていることに、少しばかりの焦りを感じつつ。ポルトガルほぼ全土をめぐり、走行距離は2800kmを超えたそんな「手てしごとの旅」の備忘録を、ようやく少しずつ書き留めていこうという気持ちになりました。

 

&COMPLE(アンコンプレ)で扱うモノたちは、流行とは少し違う、時を超えてポルトガル各地に伝わる手しごとの品々と、その背景にあるモノガタリがテーマ。 だからこそ、この1年という時間の経過も、小さなものだと自分に言い聞かせながら……旅の記憶を綴っていこうと思います。

旅のルートは、ポルトガル中部の街・アヴェイロを出発点に、中央の山岳地帯をぐるりと回り込むようにして北東部へ。 向かったのは、スペインとの国境に近い秘境の村、Sabugal(サブガル)。

 

風の音と小鳥のさえずりだけが響き渡る、人里離れた広大な自然に囲まれた土地。 その中にひっそりと佇む、小さな集落、Malcata(マルカタ)。 「マルカタ山自然保護区(Reserva Natural da Serra da Malcata)」に属するその地に、イザベル・マルティンスさんの工房があります。

 

イザベルさんは、この地域に育つ天然素材「ブラセージョ(学名:Stipa gigantea)」に再び命を吹き込み、ほぼ失われかけていた祖先の技術を復元するバスケット職人。 「ブラセージョは、軽くてとても丈夫な草。自然そのままの風合いが魅力で、その編み目には、長い歴史と職人の技が息づいているのよ」と、彼女は穏やかに話してくれました。

 

私が訪ねたのは、初夏のこと。 今にも雨が降り出しそうな空の下、マルカタを望む水辺には、青々としたブラセージョが風に揺れていました。

 

 

 

 

おとぎ話の世界のように あたたかくなる工房

 

ここで少し話がそれるのですが——

イザベルさんから伺っていた住所には確かに到着したはずなのに、工房が見当たらない。人気のない、小さな集落に雨が降り始め、細い道をうろうろと探しまわる。

 

そのとき、ふと目に入ったのが、カフェに集うおじさんたちの姿。 (そう、この国の“井戸端会議”は女性ではなく男性なのです。いつでも、どこでも集うのはおじさんたち。一体、あなたたちは働かないのですか?と聞きたくなる)

 

カフェに入ると、見慣れないアジア人の私に、みんなが一斉に視線を向ける。もちろんここはポルトガル語オンリー、英語は通じない。イザベルさんの名前と住所を書いた紙を見せると、わーーーーっと、全員が一斉に話し出す。そして、誰かが私を道路に連れ出し、あっちこっちと指をさしながら、またわーーーーっと一斉に。

 

そのうちのひとりが、「アイ ノー ハー ハウス」と、絞り出すように英語で言って、 「車で案内するからついてこい」と言わんばかりのジェスチャー。

またみんなが一斉に「そうだそうだ!」とばかりに賑やかに話し出す。

ごとごとと石畳の道を走り抜け、時計台のある小さな広場のような場所へ案内されると、 そこに——ようやく、彼女の工房がありました。

 

そんなこんなで辿り着いたイザベルさんの工房は、まるで童話に出てくるような可愛らしい石造りのおうち。

中に入ると、テラコッタ色の壁には、この土地に咲く植物たちの写真が飾られ、 その下には、美しい彼女の作品が静かに並べられていました。

 

 

 

 

 

職人としてのアプローチ  

 

イザベルさんが職人として歩み始めたのは、人生に変化を求めたことがきっかけでした。 55歳のとき、彼女は自らが暮らすこの地域、マルカタ(サブガル)で育つ天然素材「ブラセージョ」という草に惚れ、ほとんど途絶えていた祖先の技術を復元するバスケット職人としての道を歩み始めます。

 

エントレラッソス・プロジェクトで基本的な技術を習得したのち、旅先での出会いやクラフトフェアへの参加を通じて多くのインスピレーションを磨いてきました。

そうした経験の積み重ねが、彼女の作品に込められた独自のセンスや美意識を育んでいます。

 

 

 

 

 

 

暮らしの中に息づく 伝統のバスケット  

 

夏に収穫したブラセージョで作られるこの美しいバスケットは、天然素材ならではの風合いを活かしつつ、ラフィアやカラフルな綿糸で縫い込まれた模様が特徴です。

 

ひと針ずつ丁寧に縫い合わせて形作られるバスケットは、しっかりとした厚みがあり、ランチョンマットやパンバスケット、トレー型のバスケットなど、日々の暮らしに自然と暮らしになじむモノばかり。フルーツを盛ったり、インテリアのアクセントとして小物を飾ったりと、生活の中でさまざまな表情を見せてくれます。

 

中でも蓋付きのバスケットは、収納力とデザイン性を兼ね備えた逸品。サイズ違いのセットはきっちりと入れ子になり、並べても可愛らしく、実用性も抜群です。どの作品にも、イザベルさんの性格がそのまま映し出されているかのように、規則正しく繊細なディテールが光ります。

 

収穫したばかりのグリーンがかった草は、時が経つごとに日焼けして、深みのある茶色へと色を変えていきます。その移ろいもまた、この素材ならではの魅力。使い込むほどに、自分の暮らしに馴染み、育っていくバスケットです。

 

毎日の風景の中に、ふと訪れる静かなときめき。そんなバスケットとともに、ゆっくりと時を重ねていきたくなります。

 

 

 

 

 


 

店主がめぐる旅 

2024.5.16 MARCATA SABUGAL

 

旅先で出会ったポルトガルの手しごとをお届けする小さなオンラインストア「&COMPLE(アンコンプレ)」店主・阪倉みち代

気の向く時に綴る旅の備忘録です。(かなり時差があります✈︎)