2025年07月05日
ポルトガル手しごとの旅
「アルガルヴェの芸術」とも称される、持ち手付きの蓋つきバスケット。
すべて手編みでつくられているため、ひとつひとつ微妙に異なる形があり、それが個性的な魅力になっています。弾力ある素材の特性を活かし、ハンドル部分を押してきしませることで蓋の開閉ができる仕組みも、魚を逃さないための知恵と工夫。実用性と美しさが共存する、生活の中から生まれた造形です。
現在では、この美しく存在感のあるディテールの蓋つきのカゴを編む職人は数人を残すのみとなりました。フランスの女優ジェーン・バーキンが愛用していたことから「バーキンバスケット」と呼ばれ、日本でも耳にしたことのある方がいるかもしれません。
このバスケットに使われているのは、「CANE(カネ)」と呼ばれる、アルガルヴェ地方の水辺に自生する葦の一種。しなやかで丈夫なこの素材は、素朴であたたかな印象を持ち、自然素材ならではの風合いが魅力です。
「CANEの収穫は冬から早春にかけて行われます。この時期は茎がよく乾き、油分が抜けて軽くなり、編みやすくなる最適なタイミング。植物が休眠期に入っているため、伐採しても翌年の再生に影響が少ないといわれています。
収穫後は風通しのよい場所で乾燥させ、細く裂いて編み上げます。水辺に生えている植物のため水にも強く、丈夫で長持ちします。
編みたてのカゴは、日本の竹籠のように青みがかった若い色をしていて、使い込むうちにやわらかな飴色へと変化していきます。そんな美しく移ろう経年変化もまた、自然素材ならではです。
CANEバスケットは、1980〜90年代を境に実用品としての役割を終え、暮らしから姿を消し始めました。素材の扱いや編み方には熟練が必要で、後継者を育てる場が少なく、高齢化が進んでいます。 そんななかで、現在も現役で製作を続けている数少ない職人のひとりが、ドミンゴさんです。
約束していた彼の工房を訪ねると、編み上がったバスケットが並んでいて、床には乾燥中の若いCANEがごろごろと転がっていました。所狭しと並ぶ素材や道具に囲まれたその空間は、まるで宝箱のようでした。
小さな椅子が一脚置かれ、「ここに座って編むんだよ」と指を刺して話しを始めました。 その片隅にスーツケースがあったので、「旅の準備?」と聞いてみると、「このあとすぐ、リスボンで編み方の実演があるんだ」と教えてくれました。
この年、70歳になる彼は、7歳からカゴ編みを始めたといいます。もともとは鉄道マンでしたが、衰退していく伝統技術を危惧して職人になりました。いまでは小学校や隣国のスペインなどでワークショップを開き、後継者の育成にも力を入れているそうです
CANEバスケットは、地域の自然と暮らしから生まれた貴重な手しごと。今では「絶滅寸前の伝統技術」といっても過言ではありません。そんな希少な職人さんに直接お会いして、伝統の手しごとを守り続ける職人の想いを伺えたことは、まさにこの旅の宝物です。この技術が次世代に受け継がれていきます様にと思うのでした。
言うまでもなく、この後、私はたくさんのバスケットを積んで、次の目的地で車を進めることになりました。
2024.5.11 Faro Algarve
2024年5月、ポルトガル各地を2800km走り、手しごとと風景を辿った21日間の旅。