2025年07月22日
ポルトガル語で「ブランケット」や「毛布」の意味として使われる「manta(マンタ)。その語源は寒さの中で羊飼いたちが身を守るために羽織っていた「マント」から来ているとも言われています。山あいの村、ミラ・ダ・アイレでは、そんな暮らしの背景から、自然と織物文化が育まれていきました。
時代の流れとともに衰えていく織物産業。あるとき、17世紀から使われてきた織り機がスクラップ寸前になっているのを目の当たりにして、シ・コラサォンの作り手、オティリアさんは心を動かされます。
「このまま終わらせたくない」
その想いで織り機を受け継ぎ、羊毛業を営む家族とともに、伝統の織物に色彩とあたらしい命を吹き込みます。
工房へとつながる広いショールームの入り口には、かつて糸を巻いていた古い道具が静かに置かれ、その上に丁寧に織られたブランケットが飾られていました。
セラ・ダ・アイレ山脈で、のびのびと放牧される羊たち。 広い草原で風に吹かれながら、気ままに頬張るしぐさに、時間の流れがふと緩やかになります。
5月になると冬の間に伸びた羊毛を刈って、さっぱりとした姿で羊たちは暑い夏に備えます。刈り取られた羊毛は天然の水で丁寧に洗い、漂白はせず、環境や身体にやさしい染料でそのままの風合いを残して糸へと変わっていきます。
夏の間じっくりと時間をかけて紡がれた毛糸は、やがて、熟練の職人の手によって、ブランケットへ。 ポルトガルの羊毛は弾力があり、たくさんの空気を含むため、体温で温まった空気をそっと抱き込んでくれます。
使われる織り機は、17世紀のもの。独特の風を通さない密度のある織り方によって、温かさを保ってくれるのです。風を通しにくく、しっかりとした密度で織り上げるその仕組みは、寒さの中でもぬくもりを逃しません。
すべての工程に使われる道具には、手入れが欠かせません。 それもまた、この土地に根づいた職人たちの手があってこそ、続けていける仕事です。
春夏向けの打ち合わせでオティリアさんを訪ねた日、ポルトガル産の綿花を羊毛と同じように紡ぎ、美しい色に染められた糸で、コットンブランケットを織る工程を見せていただきました。
色と織柄の組み合わせを選び、その場で試作が織られていく。 熟練の職人の糸を張る手、織り機を動かす動作、その一つひとつに、長年の経験と感覚が宿っているようでした。
手間暇のかかる作業を経て出来上がる綿布は、軽やかで、柔らかく、それでいてどこか力強い綿布。風をふわりとまとったような一枚は、夏の空気によく似合う仕上がりです。
工房のあちこちを歩き回り、試作の相談をしたり、道具の整備に声をかけたり。活きいきと、働くオティリアさんのまわりには、糸と羊、そして長い時間が、まるで一緒に存在しているようです。
入り口近くに置かれていたのは、羊毛の重さを量る昔の秤。 手動で針を動かすその姿に、どこか懐かしさと凛とした空気を感じました。
「CHI・coração(シ・コラサォン)」のブランケットは、染めから仕上げまですべての工程で天然素材にこだわってつくられています。
伝統の柄だけでなく、ポルトガルの暮らしから受け継がれたアズレージョやツバメ、セラ・ダ・アイレの山々に咲く植物たちの姿…自然や日々の風景からインスピレーションを受けて、五感で感じたものをパターンに落とし込んでいます。
心までやわらかく包んでくれるような、そんな一枚が、まもなく8月になるとポルトガルを出発して、夏の終わる頃、日本へやってきます。
2024.5.13 Mira de aire,Centro
2024年5月、ポルトガル各地を2800km走り、手しごとと風景を辿った21日間の旅。