2025年09月13日
ポルトガル中部の山岳地帯に入ってからは雨模様が続き、5月も後半だというのに薄いダウンを羽織るほどの肌寒い日が続きました。つい先日まで過ごしていた最南端アルガルヴェ地方の30℃を超える夏日が、少し懐かしく感じられます。
そんな気候の移ろいを感じつつ辿り着いたのは、スペイン国境にほど近いポルトガル最北東、トラス・オス・モンテス(Trás-os-Montes)地方の町「シャヴェス(Chaves)」。
昨日まではギマランイスやブラガといった街中に滞在してきましたが、寒さや旅の折り返し地点ということもあり、少し疲れがたまっていました。そこでこの週末は自然の中でのんびり過ごすことに。シャヴェスは北部でも歴史ある都市で、温泉やローマ時代の遺跡、城壁が残り、周囲の自然環境も豊かな街です。何より「温泉」という響きに惹かれ、心身を癒すひとときを期待して訪ねてみることにしました。
グレーの空に小雨がぱらつくなか、高速道路を走り抜けてシャヴェスへ入ると、澄んだ空気に包まれます。町の中心で車を降りると、石造りのアーチ橋と中世の街並みが出迎えてくれました。
シャヴェスのタメガ川に架かるローマ橋は、紀元1世紀末に建設された石造アーチ橋。町が「アクアエ・フラヴィエ」と呼ばれていた古代ローマ時代から残る歴史的建造物です。川辺を歩き、橋を渡ると、まるでタイムトリップしたような気持ちになります。
シャヴェスを訪ねたもうひとつの目的は、建築家アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ(Álvaro Siza Vieira)の建築を見たいと思ったから。シザはポルトガルを代表する20世紀の建築家として世界的にもよく知られています。
さらに、この町にはポルトガルを代表する画家・建築家であるナディール・アフォソンの作品を展示する「ナディール・アフォソン現代美術館(Museu de Arte Contemporânea Nadir Afonso)」があり、シザ建築とともに好きな作家に触れられる、建物探訪好きにとって特別な場所となっていました。
美術館の建物には、ナディール・アフォソン作品の特徴でもある幾何学的なモチーフが取り入れられています。半円や三角などの形が構造やデザインに反映され、外観にも内部にも一貫した表現が感じられます。
建物全体は壁の面で構成され、光との調和が美しい空間になっています。天窓からは自然光が差し込み、ナディール・アフォソンの作品が並ぶ展示室を柔らかく照らします。さらに、その先にあるタメガ川に面した展示室では、横に長い窓から見える緑が、まるで額縁に収められた絵のように一体となって映し出されていました。
また、川の氾濫に備えて建物全体が地面から約3メートル高く設計されているそうです。鳥のさえずりと川のせせらぎが響く、自然に包まれた環境で心がほどけていきます。
この日の宿は、フォルテ・デ・サン・フランシスコ(Forte de São Francisco)。16世紀初頭に建てられたフランシスコ会修道院を改装したホテルです。のちに国境防衛の必要性から修道院の敷地に要塞が築かれ、旗が掲げられた花崗岩の力強い門をくぐると、内部へと続きます。
この要塞は、ポルトガル復興戦争やナポレオン戦争でも重要な役割を果たしました。設計にはフランスの軍事建築家セバスチャン・ル・プレストル・ド・ヴォーバンの理論が取り入れられ、星形要塞(ヴォーバン式)として築かれたといわれています。修道院から要塞、そして現在のホテルへと姿を変えてきた、長い歴史を持つ建物です。
館内は石造りの床や壁が残され、ひんやりとした空気が漂います。かつての部屋を生かして区切られたロビーやプレイルームは落ち着いた趣。宿泊したのは、クラシックなヘッドボード付きのベッドが置かれたプリティなお部屋、窓の外には眼下にシャヴェスの町並みが広がっていました。
ポルトガルにも温泉があると知って訪ねてみたくなったシャヴェス。古代ローマ時代から温泉都市として栄えてきました。現在も「テルマス・デ・シャヴェス(Termas de Chaves)」と呼ばれる温泉施設があり、湯治場のように利用されています。
受付を済ませると、まず医師の問診や血圧測定、一通り身体に異常がないことを確認。白衣を着たスタッフの案内を受けます。源泉は摂氏78度と高温ですが、入浴は37度に冷却されたジャグジースタイル。水着とスイムキャップを着用して入るという、少し意外な形式でした。
期待していた「温泉らしい温もり」とはかなり違ったけれど、入浴後は身体の巡りがよくなって、ぽかぽか温まったのを実感。疲れも抜けていきました。おかげて夜はぐっすりと眠りにつくことができました。
施設の内装は、青と白のアズレージョ(装飾タイル)で彩られ、ポルトガルらしい雰囲気の温泉体験となったのでした。
2024.5.18 Chaves,Trás-os-Montes
2024年5月、ポルトガル各地を2800km走り、手しごとと風景を辿った21日間の旅。