2024年11月06日
FEITORIA DO CACAO from Sora Portugal 🇵🇹
知子とスザーナの特別なチョコレートが生まれるまで
ポルトガル人が驚くほど流暢なポルトガル語を操り、ときに哀愁たっぷりのファドを歌い、和食などで気軽に人をもてなし、イベントがあれば着物で颯爽とあらわれる。通訳やコーディネーターとして日本からもポルトガルからも抜群の信頼を得ている、京都出身の日本人。そして熱烈な愛犬家で愛猫家。それが私の知る菅知子さん。ポルトガルに長く住み、ポルトガルをよく知る人だ。
だから彼女と数年ぶりに会ったとき、ポルトガル人のスザーナ・タヴァーレスさんとコンビで、マイクロチョコレートファクトリー「フェイトリア・ド・カカオ」を2015年に立ち上げたと聞いて、その突拍子もない展開に唖然となった。なぜチョコレート?ポルケ?
驚いたけれど、そのはじまりの物語を聞くと、今度はすんなりと腑に落ちた。そうか、彼女のこれまでの人生は、相方のスザーナさんと、このチョコレートを作ろうと思う瞬間を得るためにあったのかもしれない、とすら感じたのだ。
味わう人もカカオ農家も幸せにするマイクロファクトリー、誕生
物語は、ひとつの旅から始まる。
ポルトガルはかつて、大航海時代を経て世界各国に植民地を持っていた歴史があるが、2人が旅した西アフリカのサントメ・プリンシペという島国もそうだった。そして偶然にもその旅で2人はカカオ農園を訪ねるのだが、そこで見た栽培農家の人たちの苦しい暮らしぶりに大きな衝撃を受けた。甘く芳醇なチョコレートを日常的に楽しむ自分たちと、日々原材料のカカオを育てる彼らとの、とてつもない経済落差。そこに心を痛めたのだ。いまからでも、なにかできないだろうか。そうだ、もしも自分たちがこのカカオで素晴らしいチョコレートを作ることができたなら。きっとカカオを育てる彼らの努力と献身に見合った、適正な金額を払うことができるはずだ。
そこからスザーナさんはチョコレートの製造のすべてを、知子さんは製造と小売りを担う企業のマネージメントをいちから学び出した。それまでのキャリアとはまったく違う道だったが、2人ともチョコレートが大好きだし、その先に何をしたいかも明確だった。マイクロファクトリーの自分たちだからできる、カカオ豆選択からチョコレート製造までの一貫事業、つまりビーン・トゥ・バーのフレッシュでピュアなチョコレート作り。このチョコレートで、食べる人もカカオ生産者も幸せにしたい。2人は最初から、明確な企業哲学ありきでこの事業を立ち上げたのだ。
愛らしくユーモラスなアズレージョのパッケージと確かな味
瞬く間に世界中からオーダーが殺到
そんな硬派な面を持ちつつも、彼女たちが作るチョコレートの一つひとつはとても可愛らしくてちょっとユーモラス。四角いパッケージには、チョコレートの個性を表現するデザインが施されているが、しかもこのパッケージ自体が、ポルトガルの街並みを彩る彩色タイルのアズレージョを模している。
「フェイトリア・ド・カカオ」のあるアヴェイロ地方は、昔から陶器に適した粘土が豊富で、町の教会や家などの壁面にアズレージョと呼ばれる彩色タイルが溢れている。だからこのチョコレートのパッケージモチーフにもなっているのだ。白地に青で描かれるパターンは、アヴェイロだけでなく首都のリスボンやポルトなどの教会や建物を昔から彩るもので、住人はもちろん観光客をも魅了する、ポルトガル独自の美しい文化でもある。
さらにチョコレートの味わいも緻密で繊細。スザーナの真摯な姿勢と卓越した味のセンスが味わいを特別なものにし、リリースから数年で瞬く間に評判となり、アカデミー・オブ・チョコレートアワードやインターナショナル・チョコレート・アワードなど数々の品評会で高い評価を得ている。パッケージに貼られたシールがその賞を表しているが、驚くことに、ほとんどがなんらかの評価を得ていて、現在ヨーロッパ、アジア、オセアニア、アメリカとほぼ全大陸の国々にこのチョコレートのファンがいる。
2024年度個人的おすすめベスト4
さてここからは、ごく私的なチョコレートへの感想を書いていきたい。2024年は全部で12種がリリースされ、どれもチョコレートの魅力が冴え渡る素晴らしい味わいだ。そのなかでも、とくに印象的だったのは次の4つ。ホワイト、インクルージョン(ミルク)、ビターの順にご紹介。
ひとつめは、ホワイトチョコレートをベースにした「ビアンキーノ41%」。ビアンキーのは2人が飼っていた犬の名前であり、白いボディに黒い斑のある犬の様子が味わいのイメージの源。ペルー産のカカオバターをベースに砕いたブラジル産コーヒー、セイロンシナモンを忍ばせ、口に含むと軽快なサクザク食感と、広がるコーヒの香り、リッチなチョコレートの味わいにシナモンのスパイシーさも感じられる。甘く豊かな味わいは、ビーン・トゥー・バーチョコレートの入門編にもぴったりだと思う。
ふたつめは、ミルクチョコレートベースの「パステル・デ・ナタ 57%」。ポルトガルの国民的菓子であるエッグタルトをイメージした味で、ニカラグワのカカオがベース。レモンピール香るカスタードの風味と、こんがり焼けたナタの表面に振るシナモンパウダーがふわりと香り、しかもチョコレートにはパリッと軽い食感のパイ生地が偲ばされていて、噛むと食感に驚きあり。本当にパステル・デ・ナタを味わっているような、楽しいことこの上ないチョコレート。
3つめは「サントメ72%」。チョコレートの島と言われるサントメの香り高いダークチョコレートに、ファクトリーのあるアヴェイロの塩田で収穫される、ポルトガルの最高級天然塩フロール・デ・サルを組み合わせ、芳醇なカカオのコクやフレッシュな果実味を、まろやかな塩がアクセントになり引き立てている。ダークチョコレート特有の余韻の長い風味や魅力が、味わいやすく仕上げられている。
4つめは「インディア72%」。 インド南部ケララ地方のカカオを使った芳醇なダークチョコレートをベースに、マンダリンオレンジとカイエンペッパーを組み合わせ、完熟柑橘のフルーティーさとピリッとした辛味のスパイスが、ダークチョコレートの重厚なボディーと風味をひき立てていてあと引く味。またケララ地方は、かつてポルトガル領の一部だった地域でもあり、ポルトガルと縁のある土地。そんな歴史的ストーリーも含め、ひとかけらにさまざまなエッセンスが詰まっているチョコレートとも言える。どこにもない、個性的なダークチョコレートだと思う。
こんな感じで、友人の作る素晴らしいチョコレートを紹介する文章書けることは、本当に嬉しいし誇らしい。知子さん、スザーナさん、これからも驚きと喜びに溢れるキュートなチョコレートを作ってね。そのうちまた、アヴェイロのチョコレート工房を訪ねます。よろしく。
text & photo・Saori Bada
フェイトリア・ド・カカオのお二人と長年の友人でもあり、文筆を通してポルトガルの食文化を伝える馬田草織さんに、届いたばかりのチョコレートをご賞味いただきながら寄稿していただきました。
フェイトリア・ド・カカオのカカオは&COMPLE オンラインストアにてお求めいただけます。
文筆家・ポルトガル料理研究家。出版社で雑誌編集を経て独立。食や旅を軸に雑誌や書籍、WEBなどで執筆している。ポルトガルの食文化に魅了され、家庭料理からレストラン、ワイナリーなど幅広く取材。都内でポルトガル料理とワインを楽しむ教室「ポルトガル食堂」を主宰。著書に『ようこそポルトガル食堂へ』(幻冬舎文庫)、『ポルトガルのごはんとおつまみ』(大和書房)『ムイト・ボン! ポルトガルを食べる旅』(産業編集センター)最新刊『ホルモン大航海時代』(TAC出版)『塾前じゃないごはん』(オレンジページ) インスタグラム@badasaori